春はウグイスの鳴き声が心地よいですね。今日もあゆみの丘では、たくさんのウグイスが美しい鳴き声を披露しています。

そんなウグイスについて、ちょっと調べてみました。ウグイスが「ホーホケキョ」と鳴くのは春の繁殖期だけです。つまり、「ホーホケキョ」は、オスがメスへ美声を披露してアピールする求愛行為だそうです。

私たちは、オスがメスに向けて歌うラブソングを聞いていたのですね。どうりで手抜きがないというか、美しい鳴き声だと思っていました。これからはウグイスの鳴き声を陰ながら応援したくなることでしょう。

 

ところで、ウグイスと言えば、英語ではナイチンゲールと言います(なぜでしょう?)。

ナイチンゲールと言えば、真っ先に思い浮かぶのがイギリスの偉大なナースです。私は学生時代に哲学系の授業の一環で、ナイチンゲール著『看護覚え書』を読んだことがあります。比較的近年「ケア学」という学問ができましたが、ナイチンゲールは現代的なケアの先便をつける業績を残した人、ということでした。

ややこしい話ですが、哲学的に言うと、「ケアの倫理」というのは「正義の倫理」に対置されます。ケアとはすなわち「個別性の倫理」、正義とはすなわち「集団の倫理」なのです。

 

新型感染症への予防の観点から、また、他者に対するエチケットから、マスクの着用が推奨されています。安全のためとはいえ、子どもにとっては何とも窮屈なものです。

しかし! 少し前の写真になりますがご覧ください。当園のナース2人がお手製マスクを作ってくれました。立体構造かつカラフルな絵柄を選べるこだわりようで、言うならば愛情入りマスクです。子ども一人ひとりの顔を思い浮かべながら縫ってくれたのではないでしょうか。マスク裁縫は本来ナースの業務ではないですが、これぞ「ケア」=「個別性の倫理」だと思った次第です。

集団の倫理を満たしつつ、個別性への配慮も行うこと(往々にして自己献身を伴います)。大量生産品のマスクを一律に着用し没個性化した子どもたちから、「似合うね!」と言われるマスクをした子どもたちへ。マスクに似合う、似合わないという評価は以前はなかったと思いますが、このような情勢下で、どうやら新しい価値観が生まれたようです。

お手製マスクの例に見られるように、今後あゆみの丘は、集団と個別ケアのバランスと融合について考えていきます。